これまで長いこと、勤め人として働いてきた。
キャリアの大半はIT業界だった。
そこではおおむね、スピード、正確さ、新規性が重視される。
聞かれたことは早く返す。
必要なものはすぐ整える。
場に合わせて、すばやく動く。
自分は反応の速い人間だと思っていた。
別の自分に気づき始めたのは、その現場を離れてからだ。
速く動けるけれど、長くはもたない。
場に合わせることも、うまくできない時がある。
考えはすぐに言葉にならない。
結論は遅い。
今はそんな自分を、なんだか大根みたいだと思う。
土に埋もれた長い根っこ。
地味で映えない。
派手な味はしない。
けれど、奥に淡い甘みがある。
しかも、採れたての大根とも違う。
大きな樽に漬かっているようだ。
誰かの何気ない一言。伝えられなかった違和感。
空っぽの椅子。手に残るカップのぬくみ。
そういうものが少しずつ染み込んで、大根は静かに発酵している。
すぐに言葉が出るときもある。
それは私のスピードが速いからではない。
じゅうぶん漬かっていたから、皿に出てきただけだ。
新しく入ってきたものは、まだ浅い。
樽の中で、しばらく寝かせる。
ときどき様子を見る。
匂いが変わるのを待つ。
これまで、遅いことは短所だと思っていた。
すぐに言葉にならない私は、何かが足りないのだと思っていた。
今は、少し違う。
新鮮なサラダになれなくてもいい。
まだ漬かっていないものを、無理に皿に出さなくてもいい。
大根は今日も、ゆっくり味を変えている。